久しぶりに訪れた親戚の家で

自分の先祖について
知る機会があり
教えられた

その内容は
かなりの衝撃だった

とある地域の城主の子孫だという内容だった

俄かには信じがたいので
城跡を訪れてみた

そこにあった資料館
確かに家紋は同じだった

理解するには時間が必要だ

ここにお城が建っていたんだ・・・と
いまや平らな城跡に立つ

周囲は高い樹々に囲まれ
その木漏れ日のわずかな隙間から
城下が見えた

「・・・・・・・・」

城下が望める中に
自分の職場が見えた

まさかね・・・
こんなことがね・・・
縁なのかなぁ・・・

自分の先祖さまの事に触れてみたひと時

目を通した資料はどれも、これも
戦・暗殺・自害・切腹・生首
激しい戦いが描かれたものばかりだった

しかしそれらは
生きるために必死に戦った資料でもあった

資料に目をとおしていると
自分の事が恥ずかしくなった

こんな大変な思いをして
命をつないでくれたのに

それだけの価値のある
生き方を子孫はしてきただろうか?

それどころか
マロは大きく太ってしまったことで
命を落としそうになっていた

そもそも
このブログを
始めたきっかけだって

痛みで胸を押さえて
もがき苦しむことが頻発して

生きた証を残したいと
遺書の意味合いも含んでいたのだ(今は脱・遺書である)

なめてるな・・・
人生なめた生き方をしてきているな・・・


時代は
明応元年から天正時代

なにせ500年前の話
見せてもらった家系図は途中で途切れていた

自分が本当に子孫なのか証拠はない

ただ
今日1日資料に目を通して感じたことは

だれの子孫かは関係なく

昔の合戦だけでなく
その後の戦争などをとおして

それそれのご先祖さまに
様々な困難を乗り越えて
命をつないでもらったのだから

あたえられた命を大切に
しっかり生きなきゃ!と思った

太っていると
どうしても考え方はネガティブになる
自暴自棄にもなりやすい

マロは大きく太っているとき
「どうせワタシなんて・・・」
「もうどうでもいいねん」
そう思っていた

自分の事を軽視してきた

けれど生きているんじゃなく
生かされているんだと感じられた今日

しっかりと生きていく努力をしたいと
再認識した1日だった
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[ 2016/11/16 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)